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| 一般参賀 |
一般参賀(Visit of the General Public to the Palace)
西暦1948年(昭和23年)から開催されている皇室行事。
この行事は、 一般人が皇居に参入し皇室に向けて祝賀の意を表することができる唯一の機会である。 毎年1月2日と天皇誕生日に行われているほか、 天皇の即位後にも行われている。 皇居に参内した国民に天皇が「おことば」を述べる形式で行われる。
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| 皇室典範(こうしつてんぱん) |
皇室典範(こうしつてんぱん) 法令番号 昭和22年法律第3号
成立:西暦1946年12月24日 公布:西暦1947年1月16日 施行:西暦1947年5月3日 皇室典範は、 日本国憲法第2条および第5条に基づき、 天皇・皇位継承および摂政の設置、 皇族の身分、 天皇や皇族の陵や墓(皇室財産)、 皇室会議など、 皇室に関する事項を定めた日本の法律。 単に典範(てんぱん)とも呼ばれる。 所管官庁は、宮内庁長官官房秘書課である。 西暦1946年(昭和21年)11月3日の日本国憲法(昭和憲法)公布を受けて、 同第100条、第2条および第5条に基づき、 西暦1947年(昭和22年)の第92回帝国議会に提案された一連の憲法附属法の制定手続の過程で枢密院の諮詢および帝国議会衆・貴両院の協賛を経て制定され、 西暦1947年(昭和22年)5月3日、 昭和憲法と同時に施行された。 大日本帝国憲法(明治憲法)下の皇室典範は法律ではなく家憲(=家訓)の扱いだったのに対し、 昭和憲法下の皇室典範は法律として定められ、 立憲君主国における一般的な法律としての王位継承法となっている。 |
| 参賀 |
参賀(さんが)
宮中(皇居)に参上し、新年の挨拶やお祝いの言葉を述べること。
一般的には「一般参賀」指すことが多い。 |
| 親王宣下(しんのうせんげ) |
親王宣下(しんのうせんげ)/ 内親王宣下(ないしんのうせんげ)
親王宣下または内親王宣下とは、
皇族の子女に親王および内親王の地位を与えること。
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| 宸翰(しんかん) 宸筆(しんぴつ) 親翰(しんかん) |
宸翰(しんかん)/ 宸筆(しんぴつ)/ 親翰(しんかん)
宸翰は、
天皇自筆の文書のこと。
宸筆、親翰ともいう。
鎌倉時代以降、
室町時代までの宸翰の書風を特に宸翰様と呼ぶ。
中世以前の天皇の真跡で現存するものは数が少なく、
国宝や重要文化財に指定されているものが多い。
鎌倉時代末期の伏見天皇を筆頭に、 能書家の天皇が多かったため、 日本の書道史上重要な作品も多い。 著名な能書帝には伏見天皇の他、 「三筆」の一人に数えられる嵯峨天皇、 伏見天皇と並び宸翰様を代表する後醍醐天皇(およびその父の後宇多天皇)、 柔軟さと上品さが特徴的な「後小松院流」を開いた後小松天皇、 力強い書風の「勅筆流」を開いた後円融天皇、 強弱の変化が巧みな「後柏原院流」を開いた後柏原天皇(およびその息子の後奈良天皇)、 博学能文で作詩に長じた光格天皇などがいる。 |
| 践祚(せんそ) |
践祚(せんそ)
天皇の位につくこと。
古くは「践阼」と書き、「践」とは位に就くこと、「阼」は天子の位を意味する。 古くは即位との別はなかったが、 桓武天皇(第50代)以後、 両者を区別し、 皇位の象徴である三種の神器を受継ぐことを践祚、 皇位につくことを天下に布告することを即位といった。 現行の『皇室典範』では、 天皇が崩御後即位の礼を行うと改め、 践祚という言葉はなくなった。 |
| 即位(そくい) |
即位(そくい、しょくい)
即位とは位に即(つ)いて皇帝・天皇・国王など君主に成ること。
また、ローマ教皇など宗教職にも用いる。
即位に際して儀式を執り行うことも多い。
『大宝令』や『養老令』などの規定には「およそ天皇位に即きたまはば、
すべて天神地祇を祭れ」とあるが、
これは大嘗祭のことを指した。
令における践祚については天長10年(西暦833年)成立の『令義解』に「天皇の位に即きたまふ、これを践祚といふ」と記述されている。 先帝の退位または崩御を受け三種の神器を受け践祚して天皇に成り日を選んで大嘗祭を行って神祇百官に布告する。 その後さらに即位の礼を行い自分が皇位を継いだことを内外に示す。 すなわち即位(和訓:あまつひつぎしろしめす)とは皇位に即いて天皇に成った事を意味する。 即位と践祚は同一だったが、 桓武天皇以後に践祚後に即位の礼を行なうようになったことから践祚と即位は区別されるようになった。 現在の皇室典範は践祚と即位を同一としている。 即位の礼は即位(従前の践祚に相当)直後ではなく1年以上後に行うきまりである(上皇明仁は即位の約1年10ヶ月後に即位の礼を行った)。 最大の式典という意味の「大典(たいてん)」の語を以て即位を指す(反対語は君主の死と葬儀を指す「大喪」)。 |
| 勅語(ちょくご) |
勅語(ちょくご)とは、
天皇が国民や臣民に対して直接口頭で発する公的な意思表示であり、詔勅の一種である。
現在では「おことば」と呼ぶことが一般的である。(西暦2025年)
勅語を書面に写したものを勅語書という。 勅語書に天皇の親署(御名)や国務大臣の副署はない。 ただし、教育勅語は例外であり、 書面により発し、 天皇の親署(御名)がある(国務大臣の副署はない)。 |
| 儲君(ちょくん/もうけのきみ) |
儲君(ちょくん/もうけのきみ)
儲君とは、
次の君主(天皇)としてあらかじめ立てられた世継ぎのこと、
つまり、
君主(天皇)の位を継ぐために「用意されている君」という意味である。
南北朝時代から江戸時代中期にかけては、 次期皇位継承者が決定されている場合であっても、 「皇太子」にならないこともあった。 これは、 当時の皇室の財政難などにより、 立太子礼が行えなかったためである。 通例であれば、 次期皇位承継者が決定されると同時に、 もしくは日を改めて速やかに立太子礼が開かれ、 次期皇位継承者は皇太子になる。 しかし、 立太子礼を経ない場合には、 「皇太子」ではなく、「儲君」(ちょくん、もうけのきみ)と呼ばれた。 南北朝時代において、 南朝では最後まで曲がりなりにも立太子礼が行われてきたとされている。 これに対して、 北朝においては、 後光厳天皇から南北朝合一を遂げた遙か後の霊元天皇に至るまで、 300年以上に亘って立太子を経ない儲君が皇位に就いている。 立太子礼が復活した後も、 儲君治定から立太子礼まで1年から数年の期間があり、 江戸時代では実質儲君治定が次期皇位承継者の決定であった。 |
| 剃髪(ていはつ) |
剃髪(ていはつ)
剃髪とは髪を剃ること。それから転じて出家すること。
剃除鬚髪(たいじょしゅほつ)、
剃頭(ていず)、
落髪(らくはつ)、
かしらおろしなどともいう。
また、高貴な人や身分の高い人が世俗から離れ髪を剃り落としす場合(特に女性の場合)は落飾(らくしょく)という。
剃除鬚髪ともいわれるように、
髪だけでなく鬚(や眉)を剃ることも意味する場合がある。
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| 崩御(ほうぎょ) |
崩御(ほうぎょ)
天皇・皇后・皇太后・太皇太后、国王・皇帝・天子の死を表す言葉(敬語)。
昔は上皇・法皇に対しても云った。
元々は中国起源の語であり、
『礼記』曲礼下篇に
天子の死は崩(ほう)と曰(い)ひ、諸侯は薨(こう)と曰ひ、大夫(たいふ)は卒(そつ)と曰ひ、士は不禄(ふろく)と曰ひ、庶人は死と曰ふ とある。 その他に、 貴人の死を表す言葉には次のようなものがある。
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| 鳳輦(ほうれん) |
鳳輦(ほうれん)
鳳輦は、
「屋根に鳳凰の飾りのある天子の車」を意味する言葉で、
日本においては、古くから、天皇の正式な乗り物を意味するほか、
現代では神社の祭りなどに使われる、
鳳凰の飾りがある神輿を意味する。
神輿は、日本の神社の社殿を小型化したかたちであるのに対し、 鳳輦は台の上に4本の柱と屋根があるかたちになっており、 「人が乗って移動する車」という、 もともとの用途に適した形態をとっている。 御鳳輦の起源は御神輿(おみこし)より更に古く、 中国からの風俗や文化の移入により伝わった、 天子や高僧などの乗り物とされて来た。 屋形の屋根に金銅の鳳凰の飾りのあるのが特徴で、 単に「輿」(こし)と言われることもある。 |
| 補弼(ほひつ) |
補弼(ほひつ)
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| 落飾(らくしょく) | |
| あ |
ううう
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| 関連項目 |
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| 用語集 |