陵(みささぎ)は、
宮内庁により大阪府羽曳野市古市5丁目にある
古市高屋丘陵(ふるちのたかやのおかのみささぎ)に治定されている。
宮内庁上の形式は前方後円。
遺跡名は「高屋築山古墳」で、
墳丘長122メートルの前方後円墳である。
一方、近年研究者の間で、安閑天皇の真陵とする説が出されているのが、
羽曳野市と松原市の境界にあり、
宮内庁によって雄略天皇の陵墓参考地とされている「
河内大塚山古墳」である。
この古墳は日本全国で第5位の規模の巨大古墳でありながら盛土の低さや周濠の浅さ、
埴輪の未設置などから被葬者が完成前に死去してそのまま葬られたことをうかがわせる特徴があり、
在位期間の短かかったために十分な造営期間が取れず、
なおかつ暗殺説もある
安閑天皇の陵墓であるとされている。
ただし、こうした特徴を
6世紀後半の古墳の形態の1つとみなして未完成説とそれを根拠とした安閑天皇陵説に反対する研究者もいる。
また皇居では、
皇霊殿(宮中三殿の1つ)において他の歴代天皇・皇族とともに天皇の霊が祀られている。
西暦1936年(
昭和11年)1月27日、
安閑天皇千四百年式年祭につき、
皇霊殿において天皇が拝礼。
また、山陵において祭典を行い、勅使を派遣した。