小窓
蘇我遠智娘(おちのいらつめ)

作成日:2023/7/1

遠智娘
おちのいらつめ
時代  飛鳥時代
生没年 不詳
父親  蘇我倉山田石川麻呂
母親 
姉妹  姪娘
配偶者 天智天皇
子女  建皇子(夭折)
      大田皇女
      鸕野讚良皇女(持統天皇)
孫   大来皇女
      大津皇子
      草壁皇子
 
遠智娘(おちのいらつめ)  生没年不詳

飛鳥時代の豪族蘇我氏の蘇我倉山田石川麻呂(蘇我入鹿の従兄弟)の娘。
またの名を造媛、美濃津子娘、越智娘とも伝えられている。

遅くとも、大化の改新以前(西暦644年という説有り)に中大兄皇子(のちの天智天皇)に嫁した。

妹に姪娘がおり、 同じく中大兄皇子に嫁して御名部皇女阿閇皇女(後の元明天皇)の二女を産む。 同じ天智天皇に嫁いだ蘇我赤兄の娘の常陸娘と天武天皇に嫁いだ大蕤娘とは従姉妹にあたる。

当時、彼女は古人大兄皇子の娘で天智天皇の皇后である倭姫王に次ぐ高貴な血筋の夫人であった。 西暦649年大化5年)、 父の蘇我倉山田石川麻呂が謀反の密告をされて自害。 この事件は夫である中大兄皇子の陰謀であるという説が有力である。

享年は定かではないが、建皇子を産んで間もなく亡くなったとの説が多い。