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豊国(とよのくに、とよくに)

作成日:2023/7/16

豊国(とよのくに、とよくに)  古墳時代 - 7世紀

古墳時代にあった律令制以前の国の一つ。 旧国名を豊日別(とよひわけ)と言い、 現在の福岡県東部および大分県全域に相当する九州の北東部地域に存在した。 律令制の時代には豊前国と豊後国に分かれた。

豊国は、『古事記』の国産み神話の中で、 筑紫島(九州島)の4面のうちの一つで、 当時は豊日別であったされる。
次生、筑紫島。此島亦、身一而、有面四。面毎有名。故、筑紫国謂、白日別。豊国、言、豊日別。肥国、言、建日向日豊久士比泥別。熊曾国、言、建日別。

日本書紀』や『先代旧事本紀(天皇本紀)』では景行天皇の皇子である豊国別皇子が日向国造の祖であると記す。
『豊後国風土記』は豊国の国名の由来を次のように記す。
景行天皇の命によってこの地域を治めていた菟名手(うなで) が仲津郡を訪れると、 白鳥が飛んで来て、まず餅となり、 次いで冬であったにもかかわらず幾千もの芋草(里芋)となって茂ったので、 菟名手がこの芋を天皇に献じたところ、 天皇は「天の瑞物、土の豊草なり」と喜んで、 この地を「豊国」と名付けた。

菟名手(うなで)

「溝」、「用水路」の意味がある。