状況:
R101は
西暦1929年に完成した
イギリスの硬式飛行船である。
西暦1930年10月5日、
フランスで48人の犠牲者を出す事故を起こした。
飛行船の事故による死者数では1937年の
ヒンデンブルク号爆発事故による犠牲者数を上回り、
西暦1933年の
USS アクロンの事故に次ぐものであった。
R101の事故によって
イギリスの硬性飛行船の開発は停止することになった。
当初、
西暦1930年9月26日に予定された試験飛行は強風のために10月1日に延期され、
17時間の試験飛行が行われた。
10月4日にトムソン卿ら12人の乗客を乗せて、
R101はカラチに向けて出発した。
離陸直後に姿勢制御のためにバラストの水を放出し、
異常に低い高度で飛行するのが、
通過した
イギリスや
フランスで目撃された。
翌5日、
フランスのパリ近郊のボーヴェに墜落し、
原因には諸説あるが炎に包まれ、24時間燃え続けた。
乗員と乗客、合わせて54人のうちトムソン卿を含む46人が即死し、
2人が後に病院で死亡し、
48人が犠牲となった。
R101の事故は
イギリスの飛行船の開発を中止させ、
成功していたR100も運行を停止し、
1931年にスクラップにされた。