小窓
桜井弓張皇女

作成日:2023/6/14

桜井弓張皇女
さくらいのゆみはりのひめみこ
生没年 不詳
名前 櫻井弓張皇女桜井弓張皇女《紀》
櫻井玄王桜井玄王《記》
玄王《記》
由波利王平氏伝雑勘文
配偶者 来目皇子
押坂彦人大兄皇子。異母兄。
父親 敏達天皇
母親 推古天皇
 
桜井弓張皇女(さくらいのゆみはりのひめみこ、生没年不詳)は、 古墳時代末期から飛鳥時代にかけての皇族。 『古事記』では桜井玄王(さくらいのゆみはりのおおきみ)と表記されている。

同母姉には菟道貝蛸皇女(聖徳太子妃)・小墾田皇女(押坂彦人大兄皇子妃)・鸕鶿守皇女(うもりのひめみこ)・田眼皇女(舒明天皇妃)、同母兄に竹田皇子・尾張皇子(聖徳太子の妃橘大郎女の父)がいる。

『古事記』によると、 異母兄の忍坂日子人太子(押坂彦人大兄皇子)の妃となり、 山代王、笠縫王を生んだとされている。 それ以外の事績は伝わっていない。

なお、『上宮記』の久米王の項目に「娶他田宮治天下大王(敏達天皇)女子名由波利王」とあり、 来目皇子の妃である「由波利王」(ゆばりのみこ)も、同一人物だとする説もある。