清和天皇の第一皇子。母は藤原長良の娘、皇太后藤原高子(二条后)。子で醍醐朝から村上朝にかけて公卿に列した源清蔭や元良親王は歌人として知られる。 後世に鎌倉将軍・足利将軍を始めとして武家の名族を多数輩出する清和源氏は、実は元平親王を祖とする陽成源氏であるが陽成天皇は暴君であるとの評判(前述)を嫌って一代前の清和天皇に祖を求めたとする説がある[12]。
陵(みささぎ)は、宮内庁により京都府京都市左京区浄土寺真如町にある神楽岡東陵(かぐらがおかのひがしのみささぎ)に治定されている。宮内庁上の形式は八角丘。
また、皇居の皇霊殿(宮中三殿の1つ)において他の歴代天皇・皇族とともに天皇の霊が祀られている。