古事記上巻4(伊邪那岐・伊邪那美)

作成日:2019/8/26


結婚
【原文】
於其嶋天降坐而 見立天之御柱 見立八尋殿 於是 問其妹伊邪那美命曰「汝身者 如何成 」 答曰「吾身者 成成不成合處一處在 」 爾伊邪那岐命詔「我身者 成成而成餘處一處在 故以此吾身成餘處 刺塞汝身不成合處而 以爲生成國土 生奈何 」 [訓生 云宇牟 下效此] 伊邪那美命答曰「然善 」
【読み下し文】

於其嶋天降坐而 見立天之御柱 見立八尋殿
其の嶋に[於]して[而]御柱を見立て、尋殿を見立てき。

於是 問其妹伊邪那美命曰「汝身者 如何成 」
於是其の伊邪那美の命に問はさく[曰]「が身如何成るや」と問ひ、

答曰「吾身者 成成不成合處一處在 」
答はく[曰]、「が身成り成りて、成り合は処、ただ処在り。」と答ふ。

《爾伊邪那岐命詔「我身者 成成而成餘處一處在 故以此吾身成餘處 刺塞汝身不成合處而 以爲生成國土 生奈何」 [訓生 云宇牟 下效此]
爾 伊邪那岐の命詔はく「成り成りて[而れども]成り余る処 処在り。、此の吾が身成り余る処を以ちて汝が身の成り合はる処を刺しぎて[而]国土 奈何やとふ。」 [「生」をと云ふ。下に此れふ] とのたまひ、

《伊邪那美命答曰「然善」
伊邪那美の命答はく[曰]「然。善き。」とこたふ。

【現代語訳】
その島に天下り、天之(あめの)御柱を見つけ気に入られ、また八尋殿を見つけ気に入られました。

[伊邪那岐の命は、]その妹伊邪那美の命に、「おまえの体は、どのようなつくりになっているか」と尋ねられました。 伊邪那美の命は、「私の身体は普通にできていますが、合わさっていないところが、ただ一か所だけあります。」 伊邪那岐の命は、「我の身体は普通にできているが、余っているところが一か所ある。 よって、私の身体に余っている部分を、お前の合わさっていない部分に差し入れて塞ごうと思う。そして大地を作って産んだらどうだろうと思う。」と仰いました。

伊邪那美の命は、「はい、うれしいわ」と答えました。
【解説】

【原文】
爾伊邪那岐命詔「然者 吾與汝行廻逢是天之御柱而 爲美斗能麻具波 [比此七字以音]」 如此之期 乃詔「汝者自右廻逢 我者自左廻逢 」 約竟廻時 伊邪那美命先言「阿那邇夜志愛上袁登古袁 [此十字以音下效]」 此後伊邪那岐命言「阿那邇夜志愛上袁登賣袁」 各言竟之後 告其妹曰「女人先言 不良 」雖然 久美度邇 [此四字以音] 興而生子 水蛭子 此子者入葦船而流去 次生淡嶋 是亦不入子之例
【読み下し文】

《爾伊邪那岐命詔「然者 吾與汝行廻逢是天之御柱而 爲美斗能麻具波 [比此七字以音]」
伊邪那岐の命詔はく「然者 とは是の天御柱を行きり逢ひて[而]、む」 [此の七を以ちてす。] とのたまひ、

《如此之期 乃詔「汝者自右廻逢 我者自左廻逢 」期の く、乃ち詔はく「り廻りて逢ひ、り廻りて逢はむ」とのたまひ、

《約竟廻時 伊邪那美命先言「阿那邇夜志愛袁登古袁 [此十字以音下效]」
へ廻りし時、伊邪那美の命先に言はく「」 [此の十字、音を以ちてす。下にふ。]といひ、

《此後伊邪那岐命言「阿那邇夜志愛袁登賣袁」: 此のに伊邪那岐の命言はく「」といひ、

《各言竟之後 告其妹曰「女人先言 不良 」雖然 久美度邇 [此四字以音] 興而生子 水蛭子 此子者入葦船而流去
へし[之]たまはく[曰]「女人の先に言ふは良不れど[雖]くすべし。」とのたまひ、【此の四字音を以てす】して[而]みし子は水蛭子にて、此の子葦船に入れて[而]流し去りき。

《次生淡嶋 是亦不入子之例: 次に淡嶋みき。是れ子之例に不入

【現代語訳】
伊邪那岐の命は、「ならば、我とお前でこの天之御柱をぐるっと回って逢い、寝所での交わりをしよう」と仰いました。
このことがあり、続いて「お前は右から回って逢い、我は左から回って逢おう。」と仰りました。
約束を果たし、回ったとき、伊邪那美の命が先に、「あやしく麗しい、ああ、いい男だこと」と言い、 その後に、伊邪那岐の命が、「あやしく麗しい、ああ、いい乙女だこと」と言いました。 それぞれに言った後、その妹に「女の人が先に言うのはよくないが、かまわない」と告げて、寝所での交わりを盛大にして、子を産みました。しかしその子は蛭子であり、葦船に乗せて流し去りました。
次に淡島を生みましたが、これも[不完全だったので]子のうちに含めません。
【解説】

淡道狹別の島
【原文】
於是 二柱神議云「今吾所生之子 不良 猶宜白天神之御所 」卽共參上 請天神之命 爾天神之命以 布斗麻邇爾[上]此五字以音ト相而詔之「因女先言而不良 亦還降改言」 故爾反降 更往廻其天之御柱如先 於是伊邪那岐命先言「阿那邇夜志愛袁登賣袁 」後妹伊邪那美命言「阿那邇夜志愛袁登古袁 」 如此言竟而御合生子 淡道之穗之狹別嶋 [訓別云和氣下效此]
【読み下し文】

於是 二柱神議云「今吾所生之子 不良 猶宜白天神之御所 卽共參上 請天神之命」
於是二柱の神りて云はく「今吾らが生みし所子、不良宜く天つ神所にすべし。即ち共にり天つ神命を はむ」といひき。

爾天神之命以 布斗麻邇爾[]此五字以音ト相而詔之「因女先言而不良 亦還降改言」
、天つ神【此の五字を以ゐる】卜相ふを以ちて[而][之れを]女の先に言ふに因りて[而]不良改むべし」とのたまひき。

故爾反降 更往廻其天之御柱如先 於是伊邪那岐命先言「阿那邇夜志愛袁登賣袁 」後妹伊邪那美命言「阿那邇夜志愛袁登古袁 」
るがに、に其の御柱ること先の如し。、伊邪那岐の命、先に「」と言ひ、、伊邪那美の命「」と言ひき。

如此言竟而御合生子 淡道之穗之狹別嶋 [訓別云和氣下效此]
此のの如くえて[而]ひ、みし子は淡道狹別の島。 [「別」をみ、と云ふ。下に此れふ。]

【現代語訳】
ここに、二柱の神は相談して、「今我らが産んだ子は、良く有りませんでした。このまま天つ神の所へ行って申しましょう。共に参り、[どうしたらよいか]天つ神の指図を請うのです。」と言われました。

天つ神の命じられましたように、太占により、割れ目から占い、その告げたところは、「女が先に言ったことに因り、良くなかった。また還って言うこと[順番]を改めよ。」でした。

そのようなことであったので、戻り降って、さらに天の御柱を回られたのは先と同様です。ここで、伊邪那岐の命が先に「あやしく麗しい、ああ、いい乙女だこと」と言われ、後に妹の伊邪那美の命が「あやしく麗しい、ああ、いい男だこと」と言いました。
この言葉の通りにして、お逢いになって子、「淡道狹別の島」を生みなされました。
【解説】

大八嶋國(1/2)
【原文】
次生伊豫之二名嶋 此嶋者 身一而有面四 毎面有名 故伊豫國謂愛[上]比賣 [此三字以音下效此也] 讚岐國謂飯依比古 粟國謂大宜都比賣 [此四字以音] 土左國謂建依別 次生隱伎之三子嶋 亦名天之忍許呂別 [許呂二字以音] 次生筑紫嶋 此嶋亦 身一而有面四 毎面有名 故筑紫國謂白日別 豐國謂豐日別 肥國謂建日向日豐久士比泥別 [自久至泥 以音] 熊曾國謂建日別 [曾字以音]
【読み下し文】

次生伊豫之二名嶋 此嶋者 身一而有面四 毎面有名 故伊豫國謂愛[]比賣 [此三字以音下效此也] 讚岐國謂飯依比古 粟國謂大宜都比賣 [此四字以音] 土左國謂建依別
次に二名の島を生みき。此の島つにて[而]四つ有り。に名り。伊予の [此の三字音を以てす。下に此れふ[也]] と謂ひ、讃岐の国はひ、の国は [此の四字は音を以ゐる] とひ、の国は建依別ふ。

次生隱伎之三子嶋 亦名天之忍許呂別 [許呂二字以音]
次に三子の島を生みき。の名は、天之。 [「」「」二字は音を以ゐる。]

次生筑紫嶋 此嶋亦 身一而有面四 毎面有名 故筑紫國謂白日別 豐國謂豐日別 肥國謂建日向日豐久士比泥別 [自久至泥 以音] 熊曾國謂建日別 [曾字以音]
次に筑紫の島を生みき。此の島は亦身一つにして[而]四つ有り。面毎に名有り。筑紫の国は白日と謂ひ、の国は豊日ひ、の国は建日向日豊久) [「久」り「泥」で音を以てす] と謂ひ、熊曽の国は建日 [「曽」の字は音を以ゐる。] と謂ふ。

【現代語訳】
次に「伊予のふたなの島」を生みなされました。この島は、からだ一つに4つの顔があり、顔毎に名前があります。その内訳は伊予の国は愛媛といい、讃岐の国はいいより彦といい、阿波の国はおおきつ姫といい、土佐の国はたけよりといいます。
次に「隠岐のみつこの島」を生みなされました。またの名を、天のおしころけといいます。
次に「筑紫の島」を生みなされました。この島も、からだ一つに4つの顔があり、顔ごとに名前があります。その内訳は筑紫の国はしらひといい、豊の国は豊日といい、肥の国は日向いくしひねといい、熊襲の国はといいます。
【解説】

大八嶋國(2/2)
【原文】
次生伊伎嶋 亦名謂天比登都柱 [自比至都以音 訓天如天] 次生津嶋 亦名謂天之狹手依比賣 次生佐度嶋 次生大倭豐秋津嶋 亦名謂天御虛空豐秋津根別 故 因此八嶋先所生 謂大八嶋國
【読み下し文】

次生伊伎嶋 亦名謂天比登都柱 [自比至都以音 訓天如天]
次にの島を生みき。亦の名は、都柱ふ。 「比」り「都」で音を以ゐる。「天」をむ、「」の如し。]

次生津嶋 亦名謂天之狹手依比賣: 次に津島を生みき。亦の名は天之ふ。

次生佐度嶋: 次にの島を生みき。

次生大倭豐秋津嶋 亦名謂天御虛空豐秋津根別: 次に大倭豊秋津島を生みき。亦の名を天御豊秋津ふ。

故 因此八嶋先所生 謂大八嶋國、此の八島先に生まれし[所]に因り、大八の国とふ。

【現代語訳】
次に「壱岐の島」を生みなされました。またの名を、天ひとつ柱といいます。
次に「対馬」を生みなされました。またの名を、天のさてより姫といいます。
次に「佐渡の島」を生みなされました。
次に「大倭豊秋津島」を生みなされました。またの名を天みそら豊秋つね別といいます。
よって、これまでの八つの島は先に生まれたことによって、大八洲の国と言います。
【解説】

国生み
【原文】
然後 還坐之時 生吉備兒嶋 亦名謂建日方別 次生小豆嶋 亦名謂大野手[上]比賣 次生大嶋 亦名謂大多麻[上]流別 [自多至流以音] 次生女嶋 亦名謂天一根 [訓天如天] 次生知訶嶋 亦名謂天之忍男 次生兩兒嶋 亦名謂天兩屋 [自吉備兒嶋至天兩屋嶋幷六嶋]
【読み下し文】

然後 還坐之時 生吉備兒嶋 亦名謂建日方別、還りしし[之]時、吉備の児島み、 亦の名を建日方別と謂ふ。

次生小豆嶋 亦名謂大野手[]比賣: 次に小豆島を生み、亦の名を 大野ふ。

次生大嶋 亦名謂大多麻[]流別 [自多至流以音]: 次に島を生み、亦の名を大多 [「多」り「流」を以ゐる。] とふ。

次生女嶋 亦名謂天一根 [訓天如天]: 次にの島を生み、亦の名を天一根 [「天」を訓の如し。] とふ。

次生知訶嶋 亦名謂天之忍男: 次にの島を生み、亦の名を天之忍男ふ。

次生兩兒嶋 亦名謂天兩屋 [自吉備兒嶋至天兩屋嶋幷六嶋]: 次に両児の島を生み、亦の名を天両屋と謂ふ。 [吉備の児島り天両屋島で、せて六つ島をなす。]

【現代語訳】
しばらくして、りおわした時、吉備の児島を生みなさりました。またの名を建日方別といいます。
次に小豆島を生みなされました。またの名を 大野といいます。
次に島を生みなされました。またの名を大多といいます。
次に島を生みなされました。またの名を天一根といいます。
次にの島を生みなされました。またの名を天之忍男といいます。
次に両児の島をうみなされました。 またの名を天両屋(あまのふたや)といいます。
吉備の児島から天両屋島まで、併せて六つの島があります。

【解説】

神生み(1/3)
【原文】
既生國竟 更生神 故 生神名 大事忍男神 次生石土毘古神 [訓石云伊波 亦毘古二字以音 下效此也] 次生石巢比賣神 次生大戸日別神 次生天之吹上男神 次生大屋毘古神 次生風木津別之忍男神 [訓風云加邪 訓木以音] 次生海神 名大綿津見神 次生水戸神 名速秋津日子神 次妹速秋津比賣神 [自大事忍男神至秋津比賣神 幷十神]
【読み下し文】

既生國竟 更生神 故 生神名 大事忍男神に国をみしをへ、更に神をみき。、生みし神の名は大事忍男の神。

次生石土毘古神 [訓石云伊波 亦毘古二字以音 下效此也]: 次に石土毘の神を生みき。 [「石」をみ、と云ふ。」二字は音を以ゐる。下に此ふ[也]。]

次生石巢比賣神: 次に石巣の神を生みき。

次生大戸日別神: 次に大戸の神を生みき。

次生天之吹上男神: 次に天之吹上男の神を生みき。

次生大屋毘古神》: 次に大屋の神を生みき。

次生風木津別之忍男神 [訓風云加邪 訓木以音]: 次に風木別之忍男の神を生みき。 [「風」を訓み、と云ふ。「木」を訓み音を以ゐる。]

次生海神 名大綿津見神: 次にの神、名を大綿の神を生み、

次生水戸神 名速秋津日子神: 次に水戸の神、名は速秋津の神、

次妹速秋津比賣神 [自大事忍男神至秋津比賣神 幷十神]: 次に速秋津の神を生みき。 [大事忍男の神り秋津比賣の神で、せて十はしらの神。]


【現代語訳】
このようにして国を生み終わり、さらに神を生みなされました。
そこで神、名を大事忍男の神を生みなされました。

次に石土毘の神をを生みなされました。
次に石巣の神を生みなされました。
次に大戸の神を生みなされました。
次に天之吹上男の神を生みなされました。
次に大屋の神を生みなされました。
次に風木津別之忍男の神を生みなされました。
次に海の神を生みなさり、名を大綿津の神といいます。
次に水戸の神を生みなさり、名を速秋津の神、
その速秋津の神といいます。
大事忍男の神から秋津比賣の神まで、併せて十柱の神があります。

【解説】

神生み(2/3)
【原文】
此速秋津日子・速秋津比賣二神 因河海 持別而生神名 沫那藝神 [那藝二字以音下效此] 次沫那美神 [那美二字以音下效此] 次頰那藝神 次頰那美神 次天之水分神 [訓分云久麻理下效此] 次國之水分神 次天之久比奢母智神 [自久以下五字以音下效此] 次國之久比奢母智神 [自沫那藝神至國之久比奢母智神 幷八神]
【読み下し文】

此速秋津日子・速秋津比賣二神 因河海 持別而生神名 沫那藝神 [那藝二字以音下效此]
此の速秋津速秋津の二つ神、に因りけて[而]神、名は沫那の神 [「那芸」二字音を以ちてす。下に此れふ。]

次沫那美神 [那美二字以音下效此]: 次に沫那の神 [「那美」二字音を以てす。下に此れふ。]

次頰那藝神》: 次に頰那の神、

次頰那美神: 次に頰那の神、

次天之水分神 [訓分云久麻理下效此]: 次に天之水分の神 [「分」をみ、と云ふ。下に此れ効ふ。]

次國之水分神: 次に国之水分の神

次天之久比奢母智神 [自久以下五字以音下效此]: 次に天之の神 [「久」五字音を以てす。下に此れふ。]

次國之久比奢母智神 [自沫那藝神至國之久比奢母智神 幷八神]: 次に国之の神を生みき。 [沫那芸の神り国之久比奢母智の神で、せて八はしらの神をなす。]

【現代語訳】
この速秋津速秋津の二神は、川と海のところに特に分けて神、その名を沫那の神
次に沫那の神
次に頰那の神、
次に頰那の神
次に天之水分の神
次に国之水分の神
次に天之の神、
次に国之の神を生みました。
沫那芸の神から国之久比奢母智の神まで、併せて八柱の神があります。


【解説】

神生み(3/3)
【原文】
次生風神 名志那都比古神 [此神名以音] 次生木神 名久久能智神 [此神名以音] 次生山神 名大山[上]津見神 次生野神 名鹿屋野比賣神 亦名謂野椎神 [自志那都比古神至野椎 幷四神] 此大山津見神 野椎神二神 因山野 持別而生神名天之狹土神 [訓土云豆知下效此] 次國之狹土神 次天之狹霧神 次國之狹霧神 次天之闇戸神 次國之闇戸神 次大戸惑子神 [訓惑云麻刀比下效此] 次大戸惑女神 [自天之狹土神至大戸惑女神 幷八神也]
【読み下し文】

次生風神 名志那都比古神 [此神名以音]: 次に風の神を生み、名をの神 [此の神の名、音を以てす] といふ。

次生木神 名久久能智神 [此神名以音]: 次に木の神、名はの神 [此の神の名、音を以てす。] を生みき。

次生山神 名大山[]津見神: 次に山の神、名は大山津の神を生みき。

次生野神 名鹿屋野比賣神 亦名謂野椎神 自志那都比古神至野椎 幷四神
次に野の神を生む。名は鹿の神、亦の名をの神 。志那都比古の神り野椎にで、せて四神。

此大山津見神 野椎神二神 因山野 持別而生神名天之狹土神 [訓土云豆知下效此]
此の大山津の神、の神の二神。山野り持ちけて[而]生みし神の名は天之の神 [「土」を訓みと云ふ。下に此れふ。]

次國之狹土神: 次に国之の神。

次天之狹霧神: 次に天之の神。

次國之狹霧神: 次に国之の神、

次天之闇戸神: 次に天之闇戸の神。

次國之闇戸神: 次に国之闇戸の神。

次大戸惑子神 [訓惑云麻刀比下效此]: 次に大戸惑子の神 [「惑」を訓み、と云ふ。下此れに効ふ]

次大戸惑女神 自天之狹土神至大戸惑女神 幷八神也》
次に大戸惑女の神。 天之狹土の神り大戸惑女の神にで、并せて八神

【現代語訳】(1/)
次に風の神を生みなさり、名をの神といいます。
次に木の神を生みなさり、名をの神といいます。
次に山の神を生みなさり、名を大山津の神といいます。
次に野の神を生みなさり、名を鹿の神といい、亦の名を野椎の神といいます。 志那都比古の神から野椎の神まで、併せて四はしらの神があります。
この大山津見の神、野椎の神の二神は、山と野のところに持に分けてうむ。その名を天之の神。
次に国之の神。
次に天之の神。
次に国之の神。
次に天之闇戸の神。
次に国之闇戸の神。
次に大戸惑子の神。
次に大戸惑女の神を生みました。 天之狹土の神から大戸惑女の神まで、併せて八はしらの神があります。

【解説】

伊邪那美神の死
【原文】
次生神名鳥之石楠船神 亦名謂天鳥船 次生大宜都比賣神 [此神名以音] 次生火之夜藝速男神 [夜藝二字以音] 亦名謂火之炫毘古神 亦名謂火之迦具土神 [迦具二字以音] 因生此子 美蕃登 [此三字以音] 見炙而病臥在 多具理邇 [此四字以音] 生神名 金山毘古神 [訓金云迦那下效此] 次金山毘賣神 次於屎成神名波邇夜須毘古神 [此神名以音] 次波邇夜須毘賣神 [此神名亦以音] 次於尿成神名彌都波能賣神 次和久產巢日神 此神之子 謂豐宇氣毘賣神 [自宇以下四字以音] 故伊邪那美神者 因生火神 遂神避坐也 [自天鳥船至豐宇氣毘賣神 幷八神] 凡伊邪那岐 伊邪那美二神 共所生嶋壹拾肆嶋 神參拾伍神 [是伊邪那美神 未神避以前所生 唯意能碁呂嶋者 非所生 亦姪子與淡嶋 不入子之例也] 故爾伊邪那岐命詔 之愛我那邇妹命乎 [那邇二字以音下效此] 謂易子之一木乎 乃匍匐御枕方 匍匐御足方 而哭時 於御淚所成神 坐香山之畝尾木本 名泣澤女神 故 其所神避之伊邪那美神者 葬出雲國與伯伎國堺比婆之山也]
【読み下し文】

次生神名鳥之石楠船神 亦名謂天鳥船 次生大宜都比賣神 [此神名以音]
次に生みし神の名は、鳥之石楠船の神、亦の名は天 鳥船と謂ふ。 次に大宜の神 [此の神の名はを以てす] を生みき。

次生火之夜藝速男神 [夜藝二字以音] 亦名謂火之炫毘古神 亦名謂火之迦具土神 [迦具二字以音]
次に速男の神 [の二字は音を以ゐる] を生み、 亦の名を火之炫毘の神と謂ひ、亦の名をの神 [の二字は音を以てす] と謂ふ。

因生此子 美蕃登 [此三字以音] 見炙而病臥在 多具理邇 [此四字以音] 生神名 金山毘古神 [訓金云迦那下效此] 次金山毘賣神
此の子を生みしにりて [此の三字は音を以ゐる] 見炙て[而]したり[在]、 [此の四字は音を以ちゐる] 生みし神の名は金山毘の神 [「金」を訓み、と云ふ。下に此れふ]、次に金山毘の神。

次於屎成神名波邇夜須毘古神 [此神名以音] 次波邇夜須毘賣神 [此神名亦以音] 次於尿成神名彌都波能賣神 次和久產巢日神 此神之子 謂豐宇氣毘賣神 [自宇以下四字以音]
次にに[於]成りし神の名はの神 [此の神の名は音を以ゐる]、次にの神 [此の神の名は音を以ちゐる]。 次に尿 に[於]成りし神の名はの神、次にの神、此の神子、豊宇の神 [「宇」四字は音を以ゐる] と謂ふ。

故伊邪那美神者 因生火神 遂神避坐也 自天鳥船至豐宇氣毘賣神 幷八神
伊邪那美の神、火の神を生むに因りて遂に神避避りしき[也]。天鳥船り豊宇気毘賣の神で、并せて八神。

凡伊邪那岐 伊邪那美二神 共所生嶋壹拾肆嶋 神參拾伍神 [是伊邪那美神 未神避以前所生 唯意能碁呂嶋者 非所生 亦姪子與淡嶋 不入子之例也]
そ、伊邪那岐、伊邪那美、二つ神共にみし[所]島は壹拾、神は参拾伍神(みそはしらあまりいつはしらのかみ) [是れ伊邪那美の神神避りざるを以ちて前に生みし所なるも、生みし所に非ず、姪子淡島とは子之例不入]

故爾伊邪那岐命詔 之愛我那邇妹命乎 [那邇二字以音下效此] 謂易子之一木乎 乃匍匐御枕方 匍匐御足方 而哭時 於御淚所成神 坐香山之畝尾木本 名泣澤女神 故 其所神避之伊邪那美神者 葬出雲國與伯伎國堺比婆之山也]
故爾、伊邪那岐の命詔(の)らさく「之の愛し命乎 [の二字はを以ちてす。下に此れふ] 一木ふと乃ち御枕に匍匐(は)ひ、に匍匐(は)ひて[而]きたる時、御涙所に[於]神成り、香山畝尾の木のし、名は泣沢女の神。、其の神避りし[所之]伊邪那美の神出雲国伯伎国とを山にる[也]。

【現代語訳】
次に神を生みなされ、名を鳥の石楠船の神、またの名を天鳥船といいます。次に大宜都比賣(おおげつひめ)の神を生みなされました。
次に速男の神を生みなされました。またの名を炫毘の神、さらにまたの名をの神といます。
この子を生みなされたことにより、く目に逢われ病にお臥せになりました。吐きもどして神を生みなされ、名を金山毘の神、そして金山の神といいます。
次に便に神が現れ、名をの神、次にの神といいます。
次に尿に神が現れ、名をの神。 そしての神といい、この神の子は、豊受毘の神といます。

このように伊邪那美の神は、火の神を生んだことにより、遂にお亡くなりになってしまいました。天鳥船から豊宇気毘賣の神まで、併せて八神とします。
ここまで、伊邪那岐、伊邪那美の二神が生みなさったのは、島は十四島、神は三十五神です。これらは、伊邪那美の神がまだお亡くなりになる以前に生みなさりましたが、ただ意能碁呂(おのころ)島は生んだものではなく、また姪子(ひるこ)と淡島は子の数にいれません。
ゆえに、伊邪那岐の命が仰るに、「このように愛しいわが妹であるお前の命なのに、 ただの一人の子に替えろと謂うのか」と嘆かれ、御枕元に向かって這いつくばり、お御足に向かって這いつくばり、大声でお泣きなされたとき、御涙のところに神が現れて香山畝尾の木のにおわし、名を泣沢女の神といいます。 かくして、お亡くなりになった所の伊邪那美の神は、出雲国伯伎国の国境のの山に葬られたのでした。
【解説】

具土神
【原文】
於是伊邪那岐命 拔所御佩之十拳劒 斬其子迦具土神之頸 爾著其御刀前之血 走就湯津石村 所成神名石拆神 次根拆神 次石筒之男神 三神 次著御刀本血 亦走就湯津石村 所成神名甕速日神 次樋速日神 次建御雷之男神 亦名建布都神 [布都二字以音下效此] 亦名豐布都神 三神 次集御刀之手上血 自手俣漏出 所成神名 [訓漏云久伎] 闇淤加美神 [淤以下三字以音下效此] 次闇御津羽神 上件自石拆神以下 闇御津羽神以前 幷八神者 因御刀所生之神者也
【読み下し文】

於是伊邪那岐命 拔所御佩之十拳劒 斬其子迦具土神之頸於是 伊邪那岐命 所佩之十拳剣を抜きて、其の子、の神之(の)りたまひき。

爾著其御刀前之血 走就湯津石村 所成神名石拆神 次根拆神 次石筒之男神 三神
爾、前之血を著して、石村走就りて、[所]成れる神の名は石拆の神。 次に根拆の神。 次に石筒之の神といふ。はしらの神。

次著御刀本血 亦走就湯津石村 所成神名甕速日神 次樋速日神 次建御雷之男神 亦名建布都神 [布都二字以音下效此] 亦名豐布都神 三神
次に、御刀のの血を著して、 石村走就りて、[所]成れる神の名は甕速日の神。 次に速日の神。 次に建御雷之の神、の名を建布の神 [布都の二字以る。下つかたふ]。 の名を豊布の神といふ。三神。

次集御刀之手上血 自手俣漏出 所成神名 [訓漏云久伎] 闇淤加美神 [淤以下三字以音下效此] 次闇御津羽神 上件自石拆神以下 闇御津羽神以前 幷八神者 因御刀所生之神者也
次に、御刀手上に集まりて、漏出でて、[所]成れる神の名は [「漏」をみて、と云ふ] 闇淤の神 [「淤」三字は音を以る。下つかた此にふ]。次に闇御の神といふ。 上つ件、石拆の神闇御の神の以前、せてはしらの神御刀に因りて神れし[所の]者

【現代語訳】
そこで伊邪那岐の命は、腰から十拳剣を抜き、その子、の神のを斬りなされました。
すると、お刀の前方から飛び散った血は、石村に走り就き、神が成り名を石拆の神と言い、次にの神と言い、次に石筒之の神と言います。三はしらの神。
次にお刀の根本から飛び散った血は、これも石村に走り就き、神が成り名を甕速日の神と言い、次に速日の神と言い、次に建御雷之の神、この神は別名を建布の神、あるいは豊布の神と言います。三はしらの神。
次に、お刀のの上に集まり、血が指の間より漏れ出して神が成り名を闇淤の神、次に闇御の神と言います。
これまでの分、石拆の神より以下、闇御の神以前の、併せて八柱の神は、お刀因り神が成ったものです。

【解説】

具土神
【原文】
所殺迦具土神之於頭所成神名 正鹿山[上]津見神 次於胸所成神名 淤縢山津見神 [淤縢二字以音] 次於腹所成神名 奧山[上]津見神 次於陰所成神名 闇山津見神} 次於左手所成神名 志藝山津見神 [志藝二字以音] 次於右手所成神名 羽山津見神] 次於左足所成神名 原山津見神] 次於右足所成神名 戸山津見神] 自正鹿山津見神至戸山津見神 幷八神] 故 所斬之刀名 謂天之尾羽張 亦名謂伊都之尾羽張 [伊都二字以音]
【読み下し文】

所殺迦具土神之於頭所成神名 正鹿山[]津見神所殺 の神頭に[於][所]成れる神の名は正鹿山津の神。

次於胸所成神名 淤縢山津見神 [淤縢二字以音]: 次に胸に[於]成れる[所]神の名は山津の神 [「淤縢」二字、を以る] 。

次於腹所成神名 奧山[]津見神: 次に腹に[於]成れる[所]神の名は奧山津の神。

次於陰所成神名 闇山津見神}: 次にに[於]成れる[所]神の名は闇山津の神。

次於左手所成神名 志藝山津見神 [志藝二字以音]: 次に左手に[於]成れる[所]神の名は山津の神 [「志芸」二字、音を以てす] 。

次於右手所成神名 羽山津見神]: 次に右手に[於]成れる[所]神の名は山津の神。

次於左足所成神名 原山津見神]: 次に左足に[於]成れる[所]神の名は原山津の神。

次於右足所成神名 戸山津見神]: 次に右足に[於]成れる[所]神の名は山津の神といふ。

自正鹿山津見神至戸山津見神 幷八神]正鹿山津の神山津の神にりて、せてはしらの神なり。

故 所斬之刀名 謂天之尾羽張 亦名謂伊都之尾羽張 [伊都二字以音]
、斬らえし[所][之]刀の名は天之ひて、の名は ふ。 [「伊都」の二字、音を以る]

【現代語訳】
の神を殺した所より、頭に神が成り、名を正鹿山津の神。
次に胸に神が成り、名を山津の神。
次に腹に神が成り、名を奧山津の神。
次に陰部に神が成り、名を闇山津の神。
次に左手に神が成り、名を山津の神。
次に右手に神が成り、名を山津の神。
次に左足に神が成り、名を原山津の神。
次に右足に神が成り、名を山津の神と言います。
正鹿山津の神より山津の神に至るまで、せて八はしらの神です。
この時、斬った刀の名を天之の名をと言います。
【解説】

黄泉の国(1/)
【原文】
於是 欲相見其妹伊邪那美命 追往黃泉國 爾自殿騰戸出向之時 伊邪那岐命語詔之 愛我那邇妹命 吾與汝所作之國 未作竟故可還 爾伊邪那美命答白 悔哉不速來 吾者爲黃泉戸喫 然愛我那勢命 [那勢二字以音下效此] 入來坐之事恐 故欲還且與黃泉神相論 莫視我如此白 而還入其殿內之間 甚久難待 故刺左之御美豆良 [三字以音下效此] 湯津津間櫛之男柱一箇取闕而 燭一火]
【読み下し文】

於是 欲相見其妹伊邪那美命 追往黃泉國 爾自殿騰戸出向之時 伊邪那岐命語詔之 愛我那邇妹命 吾與汝所作之國 未作竟故可還
於是 、其の命に相見むとおもして、追ひて黃泉つ国に往きたまひき。爾 殿でてひし[之]時、命語りて詔はく[之]、
愛 命よ汝との作りし所国はだ作りへざりき。し。」

爾伊邪那美命答白 悔哉不速來 吾者爲黃泉戸喫 然愛我那勢命 [那勢二字以音下效此] 入來坐之事恐 故欲還且與黃泉神相論 莫視我如此白
爾 命答へてさく、「ゆる速来まさらひをき。然、 愛 那勢命、 [「」の二字音を以る。下つかた此にふ。] り来しし[之]事恐みまつる。りたまひてつ神きたまはむと[欲](のぞ)みまつる。かれ、せし如し。」

而還入其殿內之間 甚久難待 故刺左之御美豆良 [三字以音下效此] 湯津津間櫛之男柱一箇取闕而 燭一火]
而ち其の殿の内にり入りし[之]甚だ久しかりて待ち難し。、左之 [三字音を以る。下つかた此れにふ] に刺したる男柱一箇取りけて[而]一つもしたまひき。

【現代語訳】
そこで、彼の妹に逢うことを望み、追いかけて黄泉の国に行きなされたのでした。
神殿の上げ戸から出て妹に向かって、いざなぎの命は「このしの妹、お前のみこと、私とお前で作った国はまだ作り終えていない。だから何としても戻ってきなさい。」と仰られました。

いざなみの命はそれに答えて、 「残念です。もっと早く来てほしかった。私は、黄泉の洞内で食する暮らしを始めているのです。 ですから、愛しい兄のあなた様のみこと、あなたが入っていらっしゃることは恐れ多いことですから、一度戻って黄泉の神とお話ししてください。 私を決して見てはいけません。私が申し上げることはこれだけです。」と申し上げました。
言われた通り還られましたが、待つ時間はとても長く待ちきれなくなりました。 そこで左の御みずらにお刺しになっていたゆつつま櫛の男柱の片方を取り欠き、火をつけてひとつの明かりとしました。
【解説】

黄泉の国(2/)
【原文】
入見之時 宇士多加禮許呂呂岐弖 [此十字以音] 於頭者大雷居 於胸者火雷居 於腹者黑雷居 於陰者拆雷居 於左手者若雷居 於右手者土雷居 於左足者鳴雷居 於右足者伏雷居 幷八雷神成居 於是伊邪那岐命 見畏而逃還之時 其妹伊邪那美命言「令見辱吾」卽遣豫母都志許賣 [此六字以音] 令追 爾伊邪那岐命 取黑御𦆅投棄 乃生蒲子 是摭食之間逃行 猶追 亦刺其右御美豆良之湯津津間櫛 引闕而投棄 乃生笋 是拔食之間 逃行 且後者 於其八雷神 副千五百之黃泉軍 令追 爾拔所御佩之十拳劒而 於後手布伎都都 [此四字以音] 逃來猶追 到黃泉比良 [此二字以音] 坂之坂本時 取在其坂本桃子三箇待擊者 悉迯返也 爾伊邪那岐命告其桃子「汝 如助吾 於葦原中國所有宇都志伎 [此四字以音] 青人草之落苦瀬 而患惚時可助」告賜名號 意富加牟豆美命 {自意至美以音]
【読み下し文】

入見之時 宇士多加禮許呂呂岐弖 [此十字以音] 於頭者大雷居 於胸者火雷居 於腹者黑雷居 於陰者拆雷居 於左手者若雷居 於右手者土雷居 於左足者鳴雷居 於右足者伏雷居 幷八雷神成居
りたまひてしし[之]時、 [此の十字以る]、頭に[於]雷 りて、胸に[於]者雷居りて、腹に[於]者雷居りて、に[於]者雷居りて、左手に[於]者雷居りて、右手に[於]者雷居りて、左足に[於]者雷居りて、右足に[於]者雷居りて、并て八 雷の神成[居]りき。

於是伊邪那岐命 見畏而逃還之時 其妹伊邪那美命言「令見辱吾」卽遣豫母都志許賣 [此六字以音] 令追 爾伊邪那岐命 取黑御𦆅投棄 乃生蒲子 是摭食之間逃行 猶追 亦刺其右御美豆良之湯津津間櫛 引闕而投棄 乃生笋 是拔食之間 逃行
於是伊邪那岐命してりて、[而]逃げりたまひし[之]時、其の伊邪那美命言ひしく「辱しけるをむ。」といひき。即ち [此の六字、音を以る] を遣しむ。に伊邪那岐命黒御縵を取りて投げち、乃ち蒲子 ひ、是れをみし[之]に逃げきき。追ひて、の右のに刺しし[之]引きき[而]投げ棄ち、乃ち笋 ひ、是れを抜きみし[之]に逃げ行きき。

且後者 於其八雷神 副千五百之黃泉軍 令追 爾拔所御佩之十拳劒而 於後手布伎都都 [此四字以音] 逃來猶追 到黃泉比良 [此二字以音] 坂之坂本時 取在其坂本桃子三箇待擊者 悉迯返也
後者其の八はしらの雷の神に[於]千五百黄泉軍をへて、追はめき。爾 御佩[所之]十拳剣を抜きて[而]後手に[於] [此の四字音を以る] 逃げ来たり。追ひて、黄泉 [此の二字音を以てす ] 坂坂本に到りし時、其の坂本に在りし桃子を取りたまひて、待ちて撃て悉く逃げにげき[也]。

爾伊邪那岐命告其桃子「汝 如助吾 於葦原中國所有宇都志伎 [此四字以音] 青人草之落苦瀬 而患惚時可助」告賜名號 意富加牟豆美命 {自意至美以音]
爾 伊邪那岐の命其の桃子に告はく「を助くる如くして、葦原中国に[於]有る[所の] [此の四字音を以る] 青人草し瀬に落ちて[而]患ひ惚りし時助くし。」とのたまひて、名をり賜はり「命」けたまひき。 [意り美で音を以る]

【現代語訳】
入ってみたところ、がたかり[遺体は]ころがるままにされ、頭には大雷がおり、胸には雷がおり、腹には黒雷がおり、陰部には雷がおり、左手には若雷がおり、右手には土雷がおり、左足には雷がおり、右足には雷がおり、併せて8柱の雷の神に成りました。
このため、いざなぎの命は見て恐れ逃げ帰られました。その妹のいざなみの命は「私を恥ずかしい目に遭わせたわね」と言い、そのため黄泉醜女に命じて追わせたのでした。いざなぎの命は、黒御鬘を投げ捨てられたところ山葡萄が生えたので、拾って食べている間に逃げて行かれました。尚追い、再びその右の鬟に刺していたゆつつま櫛を引き抜き、投げ捨てられたところ筍が生えたので、抜いて食べている間に逃げて行かれました。
さらにその後ろに、八柱のいかづちの神に1500の黄泉軍を添えて追わせたのでした。いざなぎの命は腰に帯びていたとかつの剣を抜かれ、後ろ手に振り回しながら逃げていらっしゃいました。 尚追い、黄泉の登り口に到ったとき、その登り口に桃が3個あったのを取り、待ち構えて投げつけたところ、追手はことごとく逃げ去ってしまいました。
いざなぎの命は、桃たちに「お前たちは私を助けたように、葦原中津国に移り来て、人民が苦境に陥り患い悩む時に助けなさい」と告げられ、名を賜り「大神の命」と呼ぶよう告げられました。
【解説】

伊邪那美命との決別
【原文】
最後 其妹伊邪那美命 身自追來焉 爾千引石引塞其黃泉比良坂 其石置中各對立 而度事戸之時 伊邪那美命言「愛我那勢命 爲如此者 汝國之人草 一日絞殺千頭爾伊邪那岐命詔「愛我那邇妹命汝爲然者 吾一日立千五百產屋」 是以一日必千人死 一日必千五百人生也 故號其伊邪那美神命 謂黃泉津大神 亦云以其追斯伎斯 [此三字以音] 而號道敷大神 亦所塞其黃泉坂之石者 號道反大神 亦謂塞坐黃泉戸大神 故其所謂黃泉比良坂者 今謂出雲國之伊賦夜坂也
【読み下し文】

最後 其妹伊邪那美命 身自追來焉 爾千引石引塞其黃泉比良坂
伊邪那美命の自ら追ひ来たり[焉]。千引を引きて、其の黄泉きたまひき。

其石置中各對立 而度事戸之時の石を中に置きて各  ひ立ちて[而]事戸せし[之]

伊邪那美命言「愛我那勢命 爲如此者 汝國之人草 一日絞殺千頭」》
伊邪那美命したまひしく「愛し那勢命よ、の如くたまへの国人草一日千頭め殺しまつらむ」

爾伊邪那岐命詔「愛我那邇妹命汝爲然者 吾一日立千五百產屋」
爾 伊邪那岐命詔はく「愛し那邇妹命よ、たまへ一日に千五百産屋を立たしたまはむ。」とのたまひき。

是以一日必千人死 一日必千五百人生也是以て、一日必ず千人し、一日必ず千五百人まる

故號其伊邪那美神命 謂黃泉津大神 亦云以其追斯伎斯 [此三字以音] 而號道敷大神 亦所塞其黃泉坂之石者 號道反大神 亦謂塞坐黃泉戸大神
の伊邪那美命をづけ大神と謂ひて、其の追ひ [此の三字音を以る] を以ちて云ひて[而]、道敷大神く。
其の[所]かえし黄泉坂之道反大神 と号けて、塞坐黄泉戸大神と謂ふ。

故其所謂黃泉比良坂者 今謂出雲國之伊賦夜坂也其の所謂黄泉、今に出雲国

【現代語訳】
最後に妹であるいざなみの命自身が追って来られました。[いざなぎは]千引きの岩を引いて黄泉平坂ぎました。
その岩を間にして向い立ち離縁を言い渡す。
いざなみの命は「愛しい私の兄、あなた様のみこと、[私に]このようにされた上は、あなたの国の人草を一日に1000人絞め殺すしかありません。」と申し上げた。
いざなぎの命は「愛しい私の妹、おまえのみこと、[あなたが]そうするなら一日に1500の産屋を立てます。」と告げられました。
そのようなわけで、一日に必ず1000人死に、一日に必ず1500人生まれることになりました。
そこで、そのいざなみ神のみことを名づけ、黄泉津大神(よもつおおかみ)と呼び、またこのように追ってきたいわれにより道敷大神(ちしきのおおかみ)と名付けました。またその?泉坂(よもつさか)の岩が塞いだので、道反大神(ちがへしのおおかみ)と名付け、また塞坐?泉戸大神(さやりますよみとのおおかみ)とも言います。
ちなみに、その黄泉比良坂(よもつひらさか)といわれる所は、今は出雲国(いづものくに)の伊賦夜坂(いふやさか)と言います。
【解説】
参考1
参考2
参考3

黄泉の穢れの禊
【原文】
是以 伊邪那伎大神詔「吾者到於伊那志許米[上]志許米岐此九字以音穢國而在祁理 此二字以音 故 吾者爲御身之禊」而 到坐竺紫日向之橘小門之阿波岐此三字以音原而 禊祓也 故於投棄御杖所成神名衝立船戸神 次於投棄御帶所成神名 道之長乳齒神 次於投棄御囊所成神名時量師神 次於投棄御衣所成神名和豆良比能宇斯能神 [此神名以音] 次於投棄御褌所成神名道俣神 次於投棄御冠所成神名飽咋之宇斯能神 [自宇以下三字以音] 次於投棄左御手之手纒所成神名奧疎神 [訓奧云於伎下效此 訓疎云奢加留下效此] 次奧津那藝佐毘古神 [自那以下五字以音下效此] 次奧津甲斐辨羅神 [自甲以下四字以音下效此] 次於投棄右御手之手纒所成神名邊疎神 次邊津那藝佐毘古神 次邊津甲斐辨羅神 右件自船戸神以下 邊津甲斐辨羅神以前 十二神者 因脱著身之物所生神也
【読み下し文】

是以 伊邪那伎大神詔「吾者到於伊那志許米[]志許米岐此九字以音穢國而在祁理 此二字以音 故 吾者爲御身之禊」而 到坐竺紫日向之橘小門之阿波岐此三字以音原而 禊祓也
是以、伊邪那伎大神詔はく「 [此の九字を以ちてす] 穢き到りて[而]在り [此の二字音を以る] 。御身禊をむ。」とのたまひて、[而]竺紫日向橘の [此の三字音を以る]。原にして[而]ひたまひき[也]。

故於投棄御杖所成神名衝立船戸神 次於投棄御帶所成神名 道之長乳齒神 次於投棄御囊所成神名時量師神 次於投棄御衣所成神名和豆良比能宇斯能神 [此神名以音] 次於投棄御褌所成神名道俣神 次於投棄御冠所成神名飽咋之宇斯能神 [自宇以下三字以音] 次於投棄左御手之手纒所成神名奧疎神 [訓奧云於伎下效此 訓疎云奢加留下效此] 次奧津那藝佐毘古神 [自那以下五字以音下效此] 次奧津甲斐辨羅神 [自甲以下四字以音下效此] 次於投棄右御手之手纒所成神名邊疎神 次邊津那藝佐毘古神 次邊津甲斐辨羅神
杖を投げちし所に[於]成れる神の名は衝立船戸の神。
次に帯を投げ棄ちし所に[於]成れる神の名は道之の神。
次に嚢を投げ棄ちし所に[於]成れる神の名は時量師の神。
次にを投げげ棄ちし所に[於]成れる神の名は神 [此の神の名、以る]。
次に褌を投げ棄ちし所に[於]成れる神の名は道俣の神。
次に冠を投げ棄ちし所に[於]成れる神の名は飽咋神 [宇自(よ)り以下 三字音を以る】。
次に左の手之手纒を投げ棄ちし所に[於]成れる神の名は疎の神 [奧をと云ふ 下に此れふ。疎を訓みてと云ふ。下に此れふ]。
次にの神 [那り以下五字を以る 下に此れふ]。 次にの神 [甲り四字音を以る 下此れにふ]。
次に右の手之手纒を投げ棄ちし所に[於]成れる神の名は疎の神。 次にの神。 次にの神といふ。

右件自船戸神以下 邊津甲斐辨羅神以前 十二神者 因脱著身之物所生神也
右の件、船戸の神以下、の神の以前 十二神身にけし[之]物を脱きし所に因りてりましき神

【現代語訳】
いざなぎの大神が仰るに、「私は、あってはならぬ、目にも不吉な、不吉で穢れた国を訪れてしまった。そこで、私は禊することととしよう。」
そこで、筑紫の日向橘 原にいらっしゃり、ぎ、いをしました。

そして、御杖を投げ棄てた所に神が現れ、その名を衝立船戸の神と言います。
次に御帯を投げ棄てた所に神が現れ、その名をの神と言います。
次に御嚢を投げ棄てた所に神が現れ、その名を時量師の神と言います。
次に御衣を投げ棄てた所に神が現れ、その名を神と言います。
次に御褌を投げ棄てた所に神が現れ、その名を道俣の神と言います。
次に御冠を投げ棄てた所に神が現れ、その名を飽咋神と言います。
次に左の御手手纒を投げ棄てた所に神が現れ、その名を奧疎の神。また奧津(おきつ)なぎさびこの神。また奧津かひべらの神と言います。
次に右の御手の手纒を投げ棄てた所に神が現れ、その名を辺疎の神、 次にの神、 次にの神と言います。

右の件、船戸の神から、の神までの十二柱の神は身に着けたものを脱いだことにより現れた神です。
【解説】

三貴子1
【原文】
於是詔之「上瀬者瀬速 下瀬者瀬弱」而初於中瀬墮迦豆伎而滌時 所成坐神名 八十禍津日神 [訓禍云摩賀下效此] 次大禍津日神 此二神者 所到其穢繁國之時 因汚垢 而所成神之者也 次爲直其禍而所成神名神直毘神 [毘字以音下效此] 次大直毘神 次伊豆能賣神 [幷三神也 伊以下四字以音] 次於水底滌時 所成神名 底津綿[上]津見神 次底筒之男命 於中滌時所成神名 中津綿[上]津見神 次中筒之男命 於水上滌時所成神名 上津綿[上]津見神 [訓上云宇閇] 次上筒之男命
【読み下し文】

於是詔之「上瀬者瀬速 下瀬者瀬弱」而初於中瀬墮迦豆伎而滌時
於是詔はく「上瀬瀬速くて、下瀬瀬弱し。」とのたまひて[而]、めて中瀬に[於]りて[而]ぎましし時、

所成坐神名 八十禍津日神 [訓禍云摩賀下效此] 次大禍津日神 此二神者 所到其穢繁國之時 因汚垢 而所成神之者也
成りさえし[所]神の名は、の神 [禍をみて「」と云ふ。つかた此れふ]、次にの神、此のはしらの神其の穢繁き国に到りましし[所之]時、汚きに因りて[而]神に成りまさえし[所之]

次爲直其禍而所成神名神直毘神 [毘字以音下效此] 次大直毘神 次伊豆能賣神 [幷三神也 伊以下四字以音]
次に其のして[而]を成りまさえし[所の]神の名は、神直毘の神 [毘の以る。下つかた此にふ]、次に大直毘の神。次に
[はしらの神より以下 を以る。]

次於水底滌時 所成神名 底津綿[]津見神 次底筒之男命 於中滌時所成神名 中津綿[]津見神 次中筒之男命 於水上滌時所成神名 上津綿[]津見神 [訓上云宇閇] 次上筒之男命
次に水底に[於]ぎましし時、成りまさえし[所の]神の名は、底津綿津の神、次に底筒之命。中に[於]ぎましし時、成りまさえし[所]神の名は、中津綿津の神、次に中筒之の命。水上に[於]ぎましし時、成りまさえし[所]神、は上津綿津の神 [を訓み、「」と云ふ]、次に上筒之の命。

【現代語訳】
ここで仰るに「上流の瀬は速く、下流の瀬は弱い」と。 そこで、初めて中ほどの瀬に降り、潜られました時、
成りました神は、名をの神、 次にの神と言い、この二柱の神はそのき国に到りました時、そのにより神と成りましたものです。
次にその災禍をなおすものとして成りました神、名を神直毘の神、 次に大直毘の神、 次にと言います。
次に水底ぎました時に成りました神は、名を底津綿津の神、次に底筒之命と言います。 中ほどでぎました時に成りました神は、名を中津綿津の神、次に中筒之の命と言います。 水面でぎました時に成りました神は、名を上津綿津の神、次に上筒之の命と言います。
【解説】

三貴子2
【原文】
此三柱綿津見神者 阿曇連等之祖神以 伊都久神也 [伊以下三字以音下效此] 故阿曇連等者 其綿津見神之子 宇都志日金拆命之子孫也 [宇都志三字以音] 其底筒之男命 中筒之男命 上筒之男命 三柱神者 墨江之三前大神也 於是洗左御目時所成神名 天照大御神 次洗右御目時所成神名 月讀命 次洗御鼻時所成神名 建速須佐之男命 [須佐二字以音] 右件八十禍津日神以下 速須佐之男命以前 十四柱神者 因滌御身所生者也
【読み下し文】

此三柱綿津見神者 阿曇連等之祖神以 伊都久神也 [伊以下三字以音下效此] 故阿曇連等者 其綿津見神之子 宇都志日金拆命之子孫也 [宇都志三字以音]
此の三柱の綿の神阿曇連 祖神なりて、以ちて。 [伊(い)より以下 三字、音を以る。下つかた此にふ]
阿曇連 綿の神子、金拆命 子孫。 [「」の三字、音を以る]

其底筒之男命 中筒之男命 上筒之男命 三柱神者 墨江之三前大神也: 其の底筒之命、中筒之命、上筒之命、三柱の神墨江三前大神

於是洗左御目時所成神名 天照大御神 次洗右御目時所成神名 月讀命 次洗御鼻時所成神名 建速須佐之男命 [須佐二字以音]
於是左のを洗ひましし時、成りまさえし[所の]神の名は、天照大御神。次に右のを洗ひましし時、成りまさえし[所の]神の名は、月読の命。次にを洗ひましし時、成りまさえし[所の]神の名は、建速の命。 [「」の二字、音を以る]

右件八十禍津日神以下 速須佐之男命以前 十四柱神者 因滌御身所生者也
右の件 の神の以下 の命の以前 十四柱の神御身ぎましし[所]にりし

【現代語訳】
この三柱の綿津の神は阿曇連 等のであり、したがって神(くしみの神)です。そのようなわけで、阿曇連 等はその綿津見の神の子、の命の子孫です。
その底筒之の命・中筒之の命・上筒之の命、三柱の神は墨江大神です。
さらに左のを洗いました時に成りました神は、名を天照大御神と言います。 次に右のを洗いました時に成りました神は、名を月読の命と言います。 次にを洗いました時に成りますた神は、名をの命と言います。
右に書かれた、の神以下、の命以前の十四柱の神は、御からだをぎましたことにより、ったものです。
【解説】

【原文】
此時伊邪那伎命 大歡喜詔「吾者生生子而 於生終得三貴子 」 卽其御頸珠之玉緖母由良邇 [此四字以音下效此] 取由良迦志而 賜天照大御神而詔之「汝命者 所知高天原矣」事依而賜也 故其御頸珠名謂 御倉板擧之神 [訓板擧云多那] 次詔月讀命「汝命者 所知夜之食國矣」事依也 [訓食云袁須] 次詔建速須佐之男命「汝命者 所知海原矣」事依也 故 各隨依賜之命 所知看之中 速須佐之男命 不知所命之國 而八拳須至于心前 啼伊佐知伎也 [自伊下四字以音下效此] 其泣狀者 青山如枯山泣枯 河海者悉泣乾 是以惡神之音 如狹蠅皆滿 萬物之妖悉發 故 伊邪那岐大御神 詔速須佐之男命「何由以 汝不治所事依之國 而哭伊佐知流」爾答白「僕者欲罷妣國根之堅洲國 故哭 」爾 伊邪那岐大御神大忿怒 詔「然者 汝不可住此國」乃神夜良比爾夜良比賜也 [自夜以下七字以音] 故其伊邪那岐大神者 坐淡海之多賀也
【読み下し文】

此時伊邪那伎命 大歡喜詔「吾者生生子而 於生終得三貴子 」
此の時伊邪那伎の命大歓喜びて詔はく「子をみて[而]生みへるに[於]、はしらの貴き子をてあり」とのたまひて、

卽其御頸珠之玉緖母由良邇 [此四字以音下效此] 取由良迦志而 賜天照大御神而詔之「汝命者 所知高天原矣」事依而賜也 故其御頸珠名謂 御倉板擧之神 [訓板擧云多那]
即ち、其の [此の四字以以る。下つかた此にふ] [取]めて[而]天照大御神賜りて[而]、詔はく[之]「汝の命者、高天原これ知らしむ所矣」とのたまひて、事依せ[而]賜ひき[也]。、其のの珠の名は、之神とふ。 [「板挙」をみてと云ふ]

次詔月讀命「汝命者 所知夜之食國矣」事依也 [訓食云袁須]
次に月読の命に詔はく「汝の命国これ知らしむ所」とのたまひて、事依せたまひき[也]。 [食を訓み「」と云ふ]

次詔建速須佐之男命「汝命者 所知海原矣」事依也: 次に建速須の命に詔はく「汝が命海原これ知らしむ所」とのたまひて、事依せたまひき[也]。

故 各隨依賜之命 所知看之中 速須佐之男命 不知所命之國 而八拳須至于心前 啼伊佐知伎也 [自伊下四字以音下效此] 其泣狀者 青山如枯山泣枯 河海者悉泣乾 是以惡神之音 如狹蠅皆滿 萬物之妖悉發
各  ひし[之]命  隨ひて知らしむ所、之れをに、速須佐之男命、命  せらるる[所之]国を不知  [而]、八拳に[于]至り、[也]。 [伊り下つかた四字音を以る。下つかた此にふ]の泣きすさまかりし山、枯るる山の如く泣きれ、河海悉 く泣き乾き、を以ちて悪しき神狭蝿の如く、皆満てり。万の妖 悉 ちき。

故 伊邪那岐大御神 詔速須佐之男命「何由以 汝不治所事依之國 而哭伊佐知流」爾答白「僕者欲罷妣國根之堅洲國 故哭 」爾
、伊邪那岐の大御詔はく「速須佐之男の命、何由汝を以ちて事依せたまはゆ[所之]国を不治るや」とのたまひて[而]、答へてししく「僕 の国国にらむとりする。」とまをしき。

伊邪那岐大御神大忿怒 詔「然者 汝不可住此國」乃神夜良比爾夜良比賜也 [自夜以下七字以音] 故其伊邪那岐大神者 坐淡海之多賀也
伊邪那岐大御神、大 忿りて、詔はく、「然者、汝は此の国に住まう不可」とのたまひき。乃ちはりき[也]。 [夜り下つかた七字を以る] 、其の伊邪那岐大神淡海坐す[也]。

【現代語訳】
この時、伊邪那伎の命は大いに喜び仰るに「私は子を生んでまた生み、生み終えて三柱の貴い子を得た。」と。
それで、その御首飾りの玉の緒をゆらゆら取り外し、玉の当たる音をさせながら天照大御神に賜りました。 そして言い渡されますに「あなたへのは、高天原を治めることなのです。よろしくお願いします。」と。 そして、その御首にかけた珠の名を、御倉の神と言います。
次に月読の命に言い渡されますに「あなたへの命は、夜の治められます国を治めることなのです。よろしくお願いします。」と。
次に建速須佐之男の命に言い渡されますに「あなたへの命は、海原を治めることなのです。よろしくお願いします。」と。
そのようにして、おのおの依頼なさった命によって治める様子を巡視される中、速須佐之男が命された国は、治めておりませんでした。 そしてのひげが胸先まで伸び、泣いてばかりいました。 そんな風に泣き状すので、緑の山はすっかり泣き枯れ、枯れ山となり、川、海はことごとく泣き水が枯れ、これを以って悪しき神の音が鳴り渡り、すべてに満ちておりました。万物は何もかも妖気を放っておりました。
そこで、伊邪那岐の大御神がお聞きになるに「速須佐之男の命、どうしてお前に依頼した国を治めないのか」と。 それに対して、泣きじゃくりながらお答え申し上げたのは、 「私めは、亡き母の国、の国に帰りたいので、ただただ泣いているのです。」でした。
伊邪那岐大御神は大いに怒り、申し渡されるに、 「しからば、お前ははこの国に住むべからず。」と。 そして大御神は、神の追放をしてしまわれました。 そのようにされた後、伊邪那岐大神は近江の国の多賀に引退されました。
【解説】

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