晋(春秋)
しん
建国 | : | 紀元前11世紀 |
滅亡 | : | 紀元前376年 |
国姓 | : | 姫(姬) |
爵位 | : | 侯爵 |
国都 | : | 1.唐 |
| | (後に晋) |
| | 2.曲沃 |
| | 3.絳 |
| | 4.新絳 |
分封者 | : | 成王 |
始祖 | : | 唐叔虞 |
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晋(しん、紀元前11世紀 - 紀元前376年)は、現在の中国山西省に西周代、春秋時代にわたって存在した国家である。始めは唐と呼ばれていたが、後に晋と改める。国姓は姫である。首府は翼、後に曲沃の分家が翼の宗家に取って代わった際に名を改め、絳と呼ばれるようになった。
周(西周)の武王の子の唐叔虞が黄河の支流汾水一帯に封じられたことに始まる有力な諸侯の一つ。春秋時代の初め頃、晋は都の翼にいた本家と、その南の曲沃にいた分家が対立し、次第に力を蓄えた曲沃の称が翼を征服して、周王から晋の諸侯として認められた。それが晋の武公である。武公の次の献公は、愛妃の驪姫の産んだ末子をかわいがり、太子の申生を曲沃に退けた。申生は絶望して自殺、またその弟たち、重耳(ちょうじ)と夷吾は難を避けて亡命した。重耳はその後、十九年の亡命生活を送った後、秦の援助を受けて晋に戻り、即位して文公となった。晋の文公(在位前636~前628)は多くの忠臣に恵まれて晋を再建し、南の有力国楚を破り、周辺諸侯から推されて覇を唱え、春秋の五覇の一人に数えられるようになった。
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