状況:宮崎空港発延岡ヘリポート行きだった旭化成の社用定期204便(川崎BK-117B-1型)が、
日向市大字日知屋の
牧島山山頂付近に墜落した。
同機は旭化成によってチャーターされた機で、
乗員2人と乗客8人が搭乗しており全員が事故により死亡した。
延岡市に創業地工場群を持つ旭化成は、
本社のある大阪市、東京への社員の出張又そこからの出張の受け入れが多いが、
宮崎 - 延岡間は当時、鉄道は空港とつながっておらず、
高速道路もなかった。
そのため、旭化成は自社ヘリポートを用意し、
延岡工場と宮崎空港間を25分で結ぶヘリコプター路線を
西暦1989年3月に開設し、
年間1万5千人の社員と、6000人の訪問者を運ぶ予定であった。
しかしながら、この事故によりヘリコプターの運航を断念、
日豊本線の「高速化」や、日南線の空港アクセス活用の気運がにわかに高まり、
宮崎空港線敷設の契機となった。