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航空機事故詳細

作成日:2025/6/18

事故発生日:西暦1968年11月22日
便名:日本航空 002便(機体記号:JA8032)
機種:ダグラス DC-8-62
死者:なし。(乗員11人乗客96人、合計107人)
状況:1968年11月22日、日本航空002便は東京・羽田空港を出発し、 サンフランシスコを経由してニューヨークに向かう飛行計画であった。 当該機には乗員11名と乗客96名(うち日本人40名)が搭乗していた。
当日のアメリカ合衆国のサンフランシスコ湾上空は、 朝霧が発生しており、視程は1.5キロメートル、 霧高は90メートルであった。 002便はサンフランシスコ国際空港への着陸降下を行っていた。 002便は9時22分(日本時間10月23日2時22分)に霧を抜けたが、 操縦乗員らが下に見たのは空港の滑走路ではなく海面であった。 機長はただちに着陸復行するために機首をあげ、 エンジン出力を最大にしようとしたが間に合わず、 右車輪から海面に突入し着水した。 着水地点はサンフランシスコ空港の滑走路から5キロメートル、 サンマテオ市コヨーテ岬ヨットハーバーから500メートル沖合いの海面であった。 機体には大きな損傷はなかった。 また、降着装置の開口部から浸水したことから、 すぐに水没しはじめたものの、 海底に車輪が届く程度の水深であったため、 機体の4分の1が沈んだところで止まった。
乗客たちは救命胴衣をつけ非常口から主翼に脱出し、 そこから救命筏に乗り移った。 空港管制塔から沿岸警備隊に遭難したとの連絡が迅速に行われたため、 ただちに救助が行われ、救命筏は海岸に曳航された。 乗客たちは空港周辺のモーテルで休むことが出来た。 この事故では乗員乗客107名全員が無傷で救助された。 ...
事故発生当初、運航乗務員が計器の数値がおかしかったと証言したことから、 計器異常が疑われた。 しかし西暦1970年6月30日に、 運輸省航空事故調査委員会(当時)は、 原因は所定の飛行方式からの逸脱によるものであり、 この逸脱は同型式機に装備されている装置について慣熟しておらず、 使用する頻度の少なさが不適正な操作につながったとする操縦ミス(パイロットエラー)とされた。