状況:
西暦1939年(昭和14年)に発生した、
民間航空機による航空事故(離陸失敗事故)である。
西暦1939年5月17日、
大日本航空のロッキード スーパーエレクトラ「球磨号」(双発レシプロ機、機体記号:J-BCOZ)は、
福岡から朝鮮の京城(現:大韓民国・ソウル)を経由し、
中華民国の北京に向かう下り便として運航されるはずであった。
午前11時21分に和白村にあった雁ノ巣飛行場(福岡第一飛行場、現:福岡市雁の巣レクリエーションセンター)から離陸したが、
直後に左エンジンがトラブルを起こして出力が低下したため失速、
きりもみ状態で海岸近くのマツ林に墜落。
墜落と同時にガソリンが爆発、
マツ林に延焼した。
この事故で乗員3名乗客8名のうち乗員2名乗客4名の6名が犠牲となり、
5名が重軽傷を負う惨事となった。