ユーゴスラビアは、
かつて
バルカン半島に存在した、南スラヴ人を主体に合同して成立した国家の枠組みである。
西暦1929年から
西暦2003年まで
バルカン半島にあった国家。
国名の「
ユーゴスラビア」は「南スラヴ人の国」であり、
こう名乗っていたのは
西暦1929年から
西暦1929年までの期間であるが、
実質的な枠組みとしては
西暦1918年に建国された
セルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国に始まり、
西暦2006年6月にモンテネグロの独立で解体されたセルビア・モンテネグロまでを系譜とする。
戦前は全人口の4分の3が農民であったが、
西暦1945年の第二次世界大戦後はチトーによって、
ユーゴスラビア社会主義連邦共和国となり、
西暦1948年にソ連率いるコミンフォルムから追放されるまで、
ソ連型の社会主義建設に専念した。
追放された後は労働者自主管理型の分権的な社会主義を生み出し、
外交政策の非同盟主義への転換とともに「(ユーゴスラビア)独自の社会主義」の二本柱となった。
また、その間に国名や国家体制、国土の領域についてはいくつかの変遷が存在する。
なおユーゴスラビアの名は、
解体後においてもマケドニア名称論争により、
構成国のひとつであった北マケドニアが現在の国名に改名する西暦2019年までの間、
同国の国際連合等における公式呼称であった「マケドニア旧ユーゴスラビア共和国」として残存していた。
国家の多様性から『七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家』と形容される。
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